右のように政府が保険給付または災害補償をしたことによって、受給権者の第三者に対する損害賠償請求権が国に移転し、受給権者がこれを失うのは、政府が現実に保険金を給付して損害を填補したときに限られ、いまだ現実の給付がない以上、たとえ将来にわたり継続して給付されることが確定していても、受給権者は第三者に対し、損害賠償の請求をするにあたり、このような将来の給付額を損害額から控除することを要しないとするのが相当である1・受韻した給付金を差し引-とした判例つぎに、最高裁判所の昭和五二年10月二五日判決(判例時報八七〇号六三頁)を紹介します。
この事案は、ある会社の従業口月が、会社内でトラクターショベル車を点検修理作業中、右ショベル車のパケッ-が落下して脳挫傷等の重傷を負ったものです。
要するに、本件の特色は、第三者行為災害ではないということです。
すなわち、全社の仕事中に会社以外の第三者運転の車にはねられて負傷したという場合は、事故を発生させた第三者がいるので、このような事故を労災の上では第三者行為災害と呼んでいるのです。
ところが、本件のショベル車のパケッ-が落下した(綱が切れて落下した)というのは、会社(使用者)の管理上の不注意で起きた事故であり、いわば使用者行為災害です。
労災事故というのは、通常はこの分類に入-ます。
ところが、前記、労災保険法一二条の四、厚生年金保険法四〇条には、「事故が第三者の行為によって生じたときは」と明記しているのです。
ですから、使用者行為災害のときは、どうなるかが問題になります。
これは交通事故とは無関係のようにも思えますが、そうとも言い切れないのです。
使用者行為災害の場合でも、使用者に過失があるのですから、負傷した従業員は使用者に対して損害賠償請求権を持ちます。
使用者に対して全損害を支払えと請求できるのです。
そこで、この損害賠償請求と労災や厚生年金の関係が問題になります。
本件判決(昭和五二年10月二五日判決)では、その前の判決(昭和五二年五月二七日判決)を踏襲して、第三者行為災害の場合も使用者行為災害の場合も、同じように判決しました。
すなわち、すでに受領した障害補償給付金や年金は差し引-(すでにとは判決のときまでにということ)が、将来の給付金は差し引かないとしたのです。
◎二重取りなど現実的な問題点もある右の両判決によって、後遺障害の場合には、将来の労災や厚生年金は差し引かないということで、判例は方向が固まったと言えます。
しかし、いろいろと問題はあります。
そこで、現実的な問題点をいくつか、つぎに述べます。
・労災や厚生年金を差し引かない(非控除説)とすると、どう考えても、被害者の二重取りになるといった感じを免れません。
・加害者から損害賠償金はもらうし、他方、労災や厚生年金からは障害補償金(年金)をもらうとなると、二重取りになるように思えますが、労災や厚生年金は労働者の生活保護のためにあると考えれば、二重取りになってもよいのだとしてよいか。
やはり多少疑問は残ります。
・つぎに、労災や厚生年金を差し引-とすると(控除説)、被害者に不利になりすぎるのです。
すなわち、一般民法上の損害賠償は一時金制であるのに、労災(後遺障害七級以上)や厚生年金はともに年金制になっていますので、控除説をとると損害賠償が事実上年金制になってしまいます。
さらに、労災や厚生年金の障害補償年金をもらっていた被害者が、若年で(六七歳になる前に)死亡したとすると、その後の遺族に対して遺族補償年金が給付されないこともあります。
その場合は、被害者側は大きな損失となります。
要するに、労災の障害補償年金等は被害者が六七歳になるまで給付されると決まっているわけでなく、将来の給付はまことに流動的であるのです。
なお、保険実務上では、加害者からの損害賠償金と保険とが重複するときは、労災では三年分、厚生年金では二年分を最高限度として給付しないことにしています。
これは、現実的には妥当な解決であり、今後ともこういう調整方法が続-と思われます。
砂保険の種類により難しい問題になる保険は、大別すると生命保険と損害保険とに分かれます。
ですから、保険会社も生命保険会社と損害保険会社(保険自由化により、この壁はなくなりつつありますが)とに二分されています。
通常の生命保険や損害保険は、保険理論上は生命保険の分類に入り、この保険は自分で掛けた分はいくらでももらえるのが原則です。
自分で死ぬ人はいないという前提があるからです。
ところが、損害保険、たとえば火災保険では、どんな高額保険を掛けてあっても焼失家屋の価格以上は保険会社は支払ってくれません。
それは、生じた損害の填補という原則に立っているからです。
そこで、保険会社が売り出している所得補償保険について、最高裁の平成元年一月1九日判決では、所得補償保険は損害保険だから重複請求はできない、すなわち被保険者(被害者)は、この保険をもらったら、その分は加害者からもらえないとしました。
保険の種類によっては、難問が発生しますので要注意です。
の生命保険金と賠償金は別々にもらえる@生命保険、傷害保険これは、被害者自身が保険料を支払って掛けてあった生命保険等のことです。
この場合には、この保険はその保険料の対価として支払われるものですから、加害者に対する損害賠償請求権とは全然別個のものです。
すなわち、加害者からもらう賠償金とは別に生命保険金、傷害保険金は、受け取ってよろしいということです。
なお、被害者が加害者から受け取った損害賠償金は損害を填補するものであり、所得ではないので所得税はかかりません。
しかし、生命保険金等は、その契約者名や受取人名の違いによって一様ではありませんが、とにか-税金を取られることがありますので、ご留意ください。
A生活保護法による生活扶助および医療扶助生活保護法は、本来、損害の填補のためでなく、困窮者に対する生活保護のためにあるので、その目的からいうと一般的には加害者に対する損害賠償とは別に取ってよいと考えてよいと思います。
もっとも、判例、学説上の対立はあります。
すなわち生活保護法四条一項には、この法律上の保護は生活困窮者に与えられるがへこの四条三項には、急迫した事由のある場合には生活困窮者とはいえない人(ある程度の資産のある人)に対しても保護が与えられるとしています。
しかし、この四条三項の場合には、後で費用を国に返還しなければならないとされています。
このように費用返還義務がある場合には(一時の借金のようなものだから)、損害賠償金額からは差し引かないのが当然のこととなります。
ところが、四条一項のときは費用返還義務がないので、損害賠償額から差し引-べきだとの説もあるのです。
しかし、生活保護法の場合には、その目的から、さらには第三者加害のときの調整規定がないことから、損害賠償額から控除しない説が有力だと言ってよいでしょう。
B雇用保険法(失業給付)この場合も、法の目的は失業者の保護にあり、失業給付には厳重な要件が定められているので、本来、損害賠償請求権とは別ものであり、控除しないものと考えられています。
ただし、学説上は対立があります。
・示談が不完全なら労災は給付されるこの問題も、長い間、労働省、裁判所、学者の間で論争されてきたことです。
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